■掲示板に戻る■ 全部 1- 101- 最新50
蔵原惟繕監督と周辺の芸術家達
- 1 :野々山:2003/07/26 22:11
- 1 名前:野々山 2003/07/22 15:37 ID:cX0DQYuu
真の前衛、故蔵原惟繕監督。お仲間は皆、ご逝去。
神代監督、藤田監督、山田信夫脚本など、マターリと語りましょう
・このスレはsage進行推奨です。
(E-mail欄に半角英数で「sage」と入れちゃって下さい)
・わざと上げて書く方は荒らしとみなされますので、お気をつけ下さい
・荒らし行為・煽りは優雅に無視。無視出来ないあなたも台所です。
(いちいち反応しちゃう方は、"アラシ"と同じです)
・仲間褒めはイカ君や呼ぶ男君の格好の餌食なのでほどほどに
- 100 :名無しのAA書きさん:04/06/18 01:11
- コロボは間違いです。コラボレーションで、コラボと書こうとした。
お恥ずかしい。
- 101 :名無しのAA書きさん:04/06/18 10:33
- タイトルロールのボカールなら、アビ−リンカーンだよ。
- 102 :名無しのAA書きさん:04/06/18 20:57
- かなり愚かな思いつきですが、経営学だと、
バーナード=サイモンの学説があり、サイモンはノーベル賞獲得で
より活発化した。もっとも、蔵原がバーナードというわけではないが、
そのようなカリスマ性はあった。
蔵原の水脈は、お弟子や同僚弟子の藤田敏八への流れと神代の流れに
分流する。
「前衛」と「情念のドキュメント」と分類しておく。
前者は藤田により矮小化され、後者は、リアリズムの追求で、
スペシフィックな領野での深耕がなされたが、蔵原の望んだリアリティではなかった。
更に、蔵原のコスモポリタニズムだけは誰も継承者がいなくて、
「人間の解放」は東西のイデオロギー解体とともに、テーマとしてのレゾン
デートルを失った。
今、思う。
誰が、本物の銀座や渋谷のような都会を、オープンセットでなく、ウルトラ
ロングで俯瞰したろう。
漆黒の闇の中で唯一の光点が消えたといってよいだろう。
- 103 :名無しのAA書きさん:04/06/19 23:06
- 蔵原はやはり、若くして巨匠だったのだ。
好きな人は、例えば渡辺武信、故田山力哉、中野翠あたりでしょうが、
ランクは黒澤、小津、溝口、成瀬と同ランクです。
プログラムピクチャーの枷のなかで、
よくまあ天才的な仕事をした。
俺は蔵原を芸術派作品(日活までだけ)として観ている。
異論はあろうが、リベラルアーティストである。後は歴史の評価を待とう。
- 104 :名無しのAA書きさん:04/06/25 11:07
- 硝子のジョニーで、錠の安宿では関係があった。あらない議論があったな。
ラストが二つあるとか、会社ともめたとか。
相米慎二が日本映画ベスト10の中に入れている。
彼の資質では、こういうの撮りたかったのだろう。
プログラムピクチャーの枠組みの中で、
芸術的な才気を巧みに潜ませるということでは似ているが、腕がちがうよな。
- 105 :名無しのAA書きさん:04/06/25 22:13
- >>104
シナリオでは性行為はなかった。映画はドア越しのロング、
そしてドアは閉じた。
カットは変わって、翌日となるが、山田シナリオでは挑んで涙、錠さんは
ひとりねとなっている。
次ですが、ラスト二つは確かにあった。救済される映像、絶望的な映像で、
完成は後者です。
これは謎で、芸術祭参加なので、会社の指示がどっちともいえません。謎。
私なりの理解はありますが、蔵原主張は封印されたママです。
最後、相米ベスト10は伊藤大輔先生の旧作迄入っていましたな。
蔵原と較べれば、相米先生はやはりイモであるが、かなりの映画を観ていた、
批評眼もかなり」あったとだけ書いときましょう。
脈絡なく、蔵原作品ではないが、「陽のあたる坂道」が、突然、
観たくなった。
- 106 :名無しのAA書きさん:04/06/26 01:42
- >105
それは、頭の悪い酒乱の根岸と同レベルだぜ。
やった、やらないは藪の中。それでいいだろ。
根岸の馬鹿は男と女がやった、やらないとか、
歩行の距離感とか(これマジな距離なんだよね)、
ま、低脳です。
それはねえ、ラストで錠が「俺をすてないでくれー」
と絶叫からではなく、翌日の描写をどう受け止めるかですよ。
ツナギを素直にご覧よ。
結論は野暮ですね。観客の受け止め方それぞれで違いますよ。
謎ですが、私見だけ開陳。私は根岸下品氏の問いに対して、
彼みたいにシナリオは信用しないので、”やった”説です。
- 107 :いじわるじじい:04/06/26 08:00
- 来週、木村威夫さんの作品回顧で、東中野で『硝子のジョニー』が上映される。
昔、オールナイトで見たきりなので、大変楽しみ。
- 108 :名無しのAA書きさん:04/06/26 23:52
- 羨ましい。地方在住では観れない。
>>74
で書いたが、誤りはケチョンケチョンでよいですから、
気が向けば、ご指摘下さると幸甚です。
- 109 :名無しのAA書きさん:04/06/27 23:37
- 黒い太陽は、マックスローチ他、たたきつけるドラムから、
タイトルバックが最高です。30歳前だが、小津などくだらない。退屈だ。
これはカッコよい。
mpがなんたらは興味ないが、神経質なカメラワークとクレーンのテクは、
あんまり昔の映画観ていない俺には、ホンマ鮮やかで、
俺が生まれる前の昔なのに、実にカッコいいですよ。また観たら、カキコする。
はまりそうな予感がする。アンガトです。
- 110 :名無しのAA書きさん:04/07/01 00:14
- ヤッパ、「狂熱に季節」と「黒い太陽」はペアで論じるべきでしょう。
「狂熱の季節」も「黒い太陽」もマイナーな作品ですが、蔵原先生の
本源的なテーマでもあった。脱日本です、キャストは当時三流です。
だが、この二作は都会をオープンセットで撮影しない態度が一貫しており、
仕出しなしで、都会を超ロングショットで描写している。スタイリッシュです。
お金にもならない作品なのに、ビビットでした。これはどなたかがお書きに、
なったシネマべェリテというのでしょうか?ジャズの凄さは誰でもわかるが、
当時はとても斬新で、ソフィスティケーションの極限だたおもう。
格好の良さでは追随するものがいません。数年前ですが、川崎で観た「硝子の
ジョニー」はあまりに素敵で、唸ってしまった。
こうした鮮やかな瞬間に触れた事実を大切にしたい。
- 111 :いじわるじじい:04/07/06 22:27
- 日曜日に東中野で『硝子のジョニー・野獣のように見えて』を見た。
1973年に文芸座のオールナイトで見て以来なので、31年ぶり。
正直な感想は、好きな映画だが、蔵原のなかではベストではない。
やはり、前作の『憎いあンちくしょう』がベストではないか。
画面、カメラと美術、そして芦川いづみは素晴らしいが、話はあまりすっきりしていない。
フェリーニの『道』というより、アントニオーニの『さすらい』の方が近いのではないか。
気分としてはそうだ。『さすらい』は、男がさすらうが、ここでは全員がさすらっている。
函館の競輪場、特飲街、駅等のロケが素晴らしい。日本にまだ貧乏というものがあり、
町が鉄とコンクリートではなく、すべて木で出来ていた時代の美しさ。
競輪場のスタンドも木、まわりのヨシズ張りの飲み屋、ベンチ等々も皆木。
アイジョージが、自分を捨てた恋人(桂木洋子)を探しギターを流す場末の飲み屋街は、セットだというのだからすごい。
ちゃんと道の真ん中にどぶが流れている。
この映画は、東映の『太陽の子・アイ・ジョージ』と競作だったので、通俗性を極端に否定しているように見える。
因みに、東映作品のプロデューサーは俊藤浩慈で、彼の最初の映画。
蔵原と山田信夫は、『憎い 』のように商業性、通俗性を強要されつつ、その中でどれだけ「作家性」を追求できるか、
で作品を作っていたように思える。この時期の邦画五社の監督は皆そうなのだが。
だが、皮肉なことに今日見てみると、多くは五社にいたときの方が、
独立して自分のプロダクションで作った作品よりも、いいものが多い。
恐らく、自社プロでいいものを作ったのは、大島渚と今村昌平くらいではないか。
黛の音楽が少ないのは、何故なのか。
話は変わるが、『憎い 』の北大作のモデルは、永六輔。
「今日の三面記事から」は、当時ラジオ関東で彼らが富田恵子とやっていた
現在のトーク番組の始めといえる「昨日の続き」。
「昨日の続きは、今日の続き、今日の続きは、また明日」
では、またいずれ。
裕次郎が永六輔とはね。永は、『零戦黒雲一家』では、ギャグ協力になっていた。
- 112 :名無しのAA書きさん:04/07/07 23:01
- >>111
>フェリーニの『道』というより、アントニオーニの『さすらい』の方が近いのではないか。
気分としてはそうだ。『さすらい』は、男がさすらうが、ここでは全員がさすらっている。
なるほど。「さすらい」ですか。私は昔、「裏切り」が作品テーマと書いたが、
「さすらい」とは。アントニオーニ=モニカビッティの作品は、
かなり観たつもりですが、「さすらい」は観ておりません。
オンタイムで観たのは、「欲望」あたりからで、「太陽は一人ぼっち」、
「情事」はかなり後、観ました、だが「さすらい」は観ておりません。
熊本までさすらってしもうた。熊本も、というより地方都市も捨てがたし。
銀座の灯り、都会の風がなつかしい。
>アイジョージが、自分を捨てた恋人(桂木洋子)を探しギターを流す場末の飲み屋街は、セットだというのだからすごい。
ちゃんと道の真ん中にどぶが流れている。
あの夜の小樽の場面ですかな。裕次郎の唄が流れていた?あれがセット?
それは素晴しい。
>「昨日の続きは、今日の続き、今日の続きは、また明日」
>では、またいずれ。
これは私の記憶では、後に、前武氏と巨泉(?)で続いておりませんでした?
「昨日の続きは今日の続き、今日の続きは明日の続き」とかの記憶がある。
まあ、「憎い」と比較されると、ご指摘のとおりというしかない。
- 113 :中年恐縮:04/07/08 20:08
- 昔から、いじわるじじいさんの薀蓄には敬意を表しています。ようやく、このスレにトリップできますた。苦労したようん。
豊田スレのURLからでは、私はアクセスできませんでした。私だけ?よって、蔵原惟繕から検索、更に検索を重ねてようやくたどりつきました。
年令から、詳しい事情はしらないのですが、この先はVから掘り起こそうとおもってます。
ここもある意味で桃源郷ですね。マニアックな典型で、かなりの自作自演ばかしで、長文のテクストは正直ウザイところあり。濃厚すぎで短く書いて欲しい。
でも、なにやら執念(執炎ではないです)の凄みがあって、引いてしまうのがまっとうかもしれないが、泥沼はまるかも知れない。
じじいさんのお奨めではるばるやっとついたので、
いや>>111の評論を拝見。じじい氏の本格的な批評は久しぶりで、映画を観なかったのが残念でたまりません。
主宰者はいじわるじじいさんではありえないと思いますが、あの人ならやりかねないし、**太郎氏なら面倒でしないっしょ。ジジイ氏=太郎氏の仮説もたてましたが、それはどうでもよいような気がしています。
つまりは、全て、善意で疑っておりますが、じじいさん、ご健康の回復、おめでとうです。
ついでに、ゴキゲンのスレも結構、教養豊かなので、2chでやれば、もっと反応があると思いますが大きなお世話でしょ。でも何でやらない。やっぱり、じじい氏のお弟子の暗躍かもしれない。関係者とはいわないけれど、疑いたくなる。まあ、いいですわ。京極氏のミステリの薀蓄でなく、いろいろ教えてください。一般では、相当歳を重ねた40代に接近しつつありますが、2chはアマチュアでして、宜しくお頼み申す所存です。
私の名前は、中年恐縮という名前です。お見知りおきを、どーぞ。やれやれ。操作ミスはお許しあれ。中年恐縮ですた。
アスキーのお絵かきのファンなら、仕方ないです。
ようやく探り当てました。アスキーから始まって、なんたらかんたらで、
特定できました。
- 114 :名無しのAA書きさん:04/07/08 20:21
- 通行人の独り言、アントニオーニの「さすらい」好きです。但し、
2chのアントニオーニスレはセンスが悪い。知らない世界だが、皆、ガンガレ。
- 115 :名無しのAA書きさん:04/07/08 22:20
- >>113
小川徹さんみたい。
- 116 :名無しのAA書きさん:04/07/08 22:44
- >>111
上の御仁は、豊田、川島、中平が大好き。文献にも見識あるお方。
端正な映像美学を愛するお方だとお見受けする。
また日活アクション等々、時として破調のある美学にもかなりお詳しいが、
とどのつまり、
彼の本質は、
映像表現での「愛」についての語り部だと、私は思う。ナマイキスマソダス。
それ以上、それ以下ではない。ネタにしてしまってゴメンなさい。
- 117 :名無しのAA書きさん:04/07/09 02:08
- 「典子(テンコ)」三部作といったって、「夜明けの歌」のシノプシスは、
あまりにテレオタイプだ。だが、それでも面白い。
不倫に、そして若者の病苦が絡んだ、ミュージカル女優の一日のお話。
手垢つきすぎで、少し冗長。でも、とにかくルリ子が美しいし、アップも多い。
そして典子の切なさのモノローグ、その情感の醸成はリアルで、抒情的だ。
電話のシーンでは、ワンシーンを何カットに割ったのだろう。
途轍もない微細な編集であり、その種の白眉の「ある脅迫」を越えている。
この頃からシネマヴェリテから、
「愛の渇き」のようなドキュメンタリー作家への移行の萌芽を発見した。
女優の24時間の話は、全く別物でありますがアラン・レネの影響はない。
レネはシリアスで、こちらは軽く流した感じなのだけど、
まさに映像のソフィスティケーションで、これが日本映画なの、
といった大陸のタッチです。(ヨーロッパの感覚です)
まさに流麗で、浜田=松原(智)の会話はドラマの流れを退屈にさせるが、
ルリ子が脱いで、ベッドの中でさらにモゾモゾ脱ぎ捨てるのは、かなり
エロティックでした。これは、「憎い」から「夜明け」「栄光へ」の系譜で、
ルリ子=蔵原では一貫している。このエロスにはリアリティーがあり、
増村=ルリ子の「女体」はおよそ観念的で、全くエロティックではなかった。
蔵原の趣味であろうが、私はよくやってくれたと思う。かなりエッチな感触が残った。
多分、監督ー女優との特定化された関係の一体感から生じるエロスだと思う。
軽いタッチなのに濡れた映像が漂う。執炎には濃密さがあったが、品があった。
品はいい意味でも、悪い意味でもです。私は執炎を絶対視していない。
ただ、ディレクターズ・カットだと思うけど、テレビでみたラストは長すぎるが、
でも、素晴しい。ディレ・カットはお奨めです。
「夜明けの歌」では、プロセスバックと手持ちカメラの冴えは、
何時もにもまして抜群でした。ずばり、ルリ子オマージュの作品である。
- 118 :名無しのAA書きさん:04/07/09 10:31
- ルリ子の下着フェチというより、監督の趣味なのだろう。
普通はカットわりで、省略して、つなぐところ。まして、編集の達人。
でも、悪趣味にはなっていない。
なんか、私生活が滲んでいるような気分になる。
- 119 :名無しのAA書きさん:04/07/09 19:43
- >>118
そういう裏目読みは小川徹は許されるかも。でもろくに映画を観ていない
斉藤竜鳳みたい。イクナイ
- 120 :いじわるじじい:04/07/09 22:11
- 普通、テンコ三部作というのは、『銀座の恋の物語』『憎いあンちくしょう』
『何か面白いことないか』を言うのではないか。
確かに『夜明けの歌』の浅丘ルリ子も緑川典子だが。
『銀恋』は、関口典子、
『憎い』は、榊田典子、
『何か』は、倉橋典子。
『夜明けの歌』は、封切時しか見ていないので、記憶があいまいだが、
「岸洋子なんて何だ」と毒ずくあたりが面白かったが、一種の楽屋落ち映画だったと思う。
当時の日活作品には、『涙くん、さよなら』など、こうした傾向が強かったが。
増村は、『女体』の浅丘について、「頑張ってくれたが、体が貧弱で意欲について行けなかった」
と言っている。確かに、大映の若尾文子、渥美マリ、関根恵子らの立派な体とは比較にならない。
- 121 :>111へのささやかな反論:04/07/09 22:22
- いじわるじじい様
ささやかな反論があります。先ずはローカルなスレへの投稿、深謝です。
以下、主要な論点だけ是々非々で反論させて頂きます。
1)蔵原のベストではない。→これは同感。(後述の6)で記述)
2)「道」というより、「さすらい」に近い。→不勉強で観ていません。
ただ、アントニオーニと蔵原は本源的には体質的に違うと思います。
3)ロケの素晴しさ→同感で、さすが慧眼だと思います。
4)日本の貧困論→同感ですが、この作品に限ったものでないでしょう。
実は昔も今も貧しいのでは。モダニズム追求が有閑階級に限定される
というのなら、それはそうです。
5)セットが巧緻にできている→まさにそう。水谷とか、極上の例外あり
ですが、よいです。
6)「憎い」と較べると落ちる→それだけは率直に認めます。
7)芦川いずみの演技評価→これクールすぎではないか。じじい氏のお兄様
が大好きな有馬稲子は、人間的には評判が悪いが映画は素晴しい。
実物よりとても美しい。(若い方,お稲があって、お麦の対比です。
説明が難解ですが、稲があって麦がある)
月丘夢路は美女、美女、美女ですが、かなり濃厚でありませんか。
漏れはすぐ飽きました。当節風に、サラリとしていない、ジットリです。
喧嘩ウリではないです。この手の話で友達を随分無くした。
でも、これも趣味でして、怒らないで下さい。あなたの宣伝のお陰で、
スレ活性化した。お礼を申しあげます。私は書くとハネられてしまうので。
とても感謝しています。有難うございました。
- 122 :117:04/07/09 22:44
- >>120
「銀恋」の関口典子は江利チエミですね。
私の等式では、かつて貴兄から教授頂いた、
典子=山田信夫=松本典子=蔵原作品で、
典子=ルリ子という図式になりましたが、間違いでしたかねえ?
- 123 :野々山:04/07/09 23:14
- >>120
>増村は、『女体』の浅丘について、「頑張ってくれたが、体が貧弱で意欲について行けなかった」
>と言っている。確かに、大映の若尾文子、渥美マリ、関根恵子らの立派な体とは比較にならない
心底、そう思われますか?そうであるなら、美意識の違いでしょう。
それは「浮草」の若尾さん、「遊び」の頃から「今日」までの高橋恵子さんは
大好きで、応援しています。でも、スレンダーのエロスもありです。
豊満がお好みなのかなア。少し意外でした。
>『夜明けの歌』は、封切時しか見ていないので、記憶があいまいだが、
「岸洋子なんて何だ」と毒ずくあたりが面白かったが、一種の楽屋落ち映画だったと思う。
当時の日活作品には、『涙くん、さよなら』など、こうした傾向が強かったが。
そのレベルの評価でしたか。これまた、桁外れの見解の相違ですね。
私は隠れ里に潜んでおるので、浮世離れしているのかもしれません。
マア、20代のルリ子さんは美少女でしたが、
今は、私も舞台に行く気もない。
それぞれですね。投稿に心から深謝いたします。au revoirトナリタクナイデスガ。
- 124 :野々山:04/07/10 00:38
- >>81
で述べた予言の自己成就となってしまった。
2chはわれわれの自己コピペの結果、出入り禁止となった。
どなたか、相米論をやってくれないかしら。
唯一の応援者のいじわるじじいさんには、ご恩を仇にしてしまいました。
ここに謹んでお詫びを申し上げます。
われわれは無神経だから。本件はこれでオシマイ。
このところ、奇特なお方の書き込みがあって、閉店はできませんが。
- 125 :名無しのAA書きさん:04/07/10 13:47
- 団塊の世代スレかあ?
- 126 :名無しのAA書きさん:04/07/11 00:17
- このスレはたまさかの見参で、最初はさらりと拝見した。昔のところは、
とてもピュアで、好印象をもった。
感覚的にも切れがあって、2chにはあまりない興趣で、微笑ましかった。
挫折をしたみたいだが。この方法論では誰でもそうなる。
そこで、この週のカキコは一体何。主宰者まで顔出して、
意味不明な記述ばかり。驚きあきれた。醜悪である。
でも一つだけ、切れ味鋭いのがあった。以下の如しだ。
>蔵原と山田信夫は、『憎い 』のように商業性、通俗性を強要されつつ、
その中でどれだけ「作家性」を追求できるか、で作品を作っていたように思える。
この時期の邦画五社の監督は皆そうなのだが。
だが、皮肉なことに今日見てみると、多くは五社にいたときの方が・・・。
これは至言だ。なるほど、出来た監督はみなそうだ。
制度論を語るのは野暮だけど、娯楽性という極めて大衆的で、
予め敷設された映画会社の組織風土や積み重なった習慣の枠組みがあり、
その制約の中で、芸術という奥の院とやらに封印していた、
でもしたたかに、そしてB級という映画にひっそりと忍び込ませるのは、
話芸、話術の究極ではないか。その意味で、引用した指摘はかなり鋭い。
敬服した。
- 127 :名無しのAA書きさん:04/07/11 01:03
- >>126
秀才の人は違いますね。嫌味ではないのです、正直な感想です。
とても明晰な分析なので、溜息がでてしまうのでござる。駄文は自省します。
>>4
に加担したモノとして、「夜明けの歌」はやはり素敵。記憶の浄化作用も、
あるでしょう。
あの頃は今にも増して誤字脱字が多かった。それは恥ずかしいけれど、
今となれば一年若かったし、懐かしいキ・ブ・ン。
- 128 :いじわるじじい:04/07/13 00:40
- 122 「銀恋」の関口典子は江利チエミでしたね。
そのとおり、間違いでした。
ただ、内容的には「テンコ」三部作は、「夜明けの歌」というより
「銀恋」の方が相応しい気がしますが。
ただ、数十年前に見た記憶なので、明確には言えませんが。
- 129 :名無しのAA書きさん:04/07/13 01:34
- そうですね。本質論では>>128を支持する。(一般的には>122が正しい)。
私も>>67で書いた。「銀恋」は、舛田利雄曰く、蔵原の大傑作という。
何で、あの二人は相性がいいのでしょうか?
- 130 :いじわるじじい:04/07/15 23:01
- 120の立派な体とは、何も肉体だけではない、強靭な精神も含んでいる。
大映・増村の女優たちは、皆狂ったように強烈な自己主張をする女性だったね。
そこが素晴らしいのだが。
- 131 :名無しのAA書きさん:04/07/16 02:46
- >>130
本当にそう思う。凄かった。
別スレ「でお書きになられた、「試走車」はボクは、かなり評価してます。
ああ、プログラムピクチャーも出来るのだという意味で、達者。
叶順子はなんか魅力あったなあ。エロスですかね。ご贔屓でした。
- 132 :名無しのAA書きさん:04/08/01 22:10
- それにしても,暑い夏の盛りですね。
あたしは、幸い台風大丈夫でした。
- 133 :名無しのAA書きさん:04/08/04 13:11
- いじわるじじいさんが、「Wの悲劇」を情熱的に語っている。
2chの懐かしいの豊田スレだよ。
ついでに、お隣のゴキゲンな映画スレでは、
>>93
蔵原との関連でも書いている。
- 134 :名無しのAA書きさん:04/08/19 01:50
- 銀恋、初めてみました。あれは、松屋デパートですね。
手持ちカメラはめまいがするくらい、神経質でしたが、華麗でした。
また、俯瞰ショットも冴えてた。長回しあり、細かなカット割りありで、
心底から堪能。ワイプも一回あったか。蔵原は実は二度目で、執炎しか
みていなかった。天才ジャン、執炎よりはるかによいです。
伏線もオモチャのピアノの鍵盤のならない事からで、
洗練です。熊井監督もホンにからんでおられる。ところで、唸ったのは、
>>67
さん、いくつか誤りもあるけど、その指摘は実に鮮やか。感心しました。
- 135 :名無しのAA書きさん:04/08/19 12:03
- 昨晩の台風、雨がすごかった。
- 136 :名無しのAA書きさん:04/08/20 22:05
- 被災地の皆様、お見舞い申し上げます。
- 137 :名無しのAA書きさん:04/08/27 03:52
- 人が来ないみたい。人気ないねえ。内容はごもっともだが、
主宰者は、2chアクセス規制みたいですね。俺は結構、評価してましたよ。
でね、蔵原の魅力は一言でいえば、
映像のアクロバットと浅丘へのサドのリアリズムだと思う。
銀恋を再見した時に気がついた。ルリ子はんが、スリップに着がえる
ショットですが、あんなにリアルに着替えを撮るのは蔵原はんだけです。
抱擁のシークエンスでも、わざと、スカートのすそからスリップが覗く。
これって、かなり意図的だと思うわけです。
えげつなくなっていない。不思議です。でも、撮りたかったのだと思う。
でも、とてもエロティックなのは、これまた蔵原さんで、述懐すれば、
「憎い」の浅丘パンツ、銀恋のスリップ、夜明けの歌、栄光の黒いパンツと
シャワーだけど、普通、着がえをあそこまでリアルに撮るかねえ。
プロセスだから、エロスがある。浅丘を観客に見せたかったのかねえ。
浅丘以外なら、古手川の「春の鐘」で、らしきものがあったか、
なかったか、さだかでないですねえ。
なんか、浅丘さんとは恋愛関係にあったようですが、
スターンバーグ=ディートリッヒとは、一方通行とは異質なように感じる。
蔵原は、浅丘に対して、SMでいうSではなかったか?
そういえば、故田山力哉が浅丘がしのぎに耐えかねて、蔵原に爪を立てて、
つねった挿話を書いていた。みんな、知っていたのに、蔵原から田山に
いう事ではないよね。書くほうも問題だがね。田山の取材は酒飲んで、
聞いた話を暴露的に書くものね。とりわけ好きな監督についてだが、、、。
そういえば、田山は「春の鐘」をキネ旬のベストTに推していたね。
あいつも、渡辺武信、中野翠、立川談志同様、蔵原シンパであった。
蔵原もあれだけもてた人だから、余計な事いうと、男が下がると思うがねえ。
おそらく、精神的には、かなりSで浅丘との倒錯した関係があったのでは
ないか、などと寝屋の出来事をお下品だが、想像してみた。
そうでないと、着がえのシークエンスのリアリティの説明がつかんのよ。
お下劣な話題で、ごめんなさい。管理人さん、怒っちゃヤーヨです。
- 138 :名無しのAA書きさん:04/08/27 04:04
- いけない、忘れていた。今度の台風は空前絶後の規模で、おそらく、
傾向予想では、九州地区の南部直撃の可能性があります。
みんな、注意なさってください。今回だけ、ageました。失礼
- 139 :名無しのAA書きさん:04/09/10 01:01
- ここのスレでは、「執炎」の評価は低いねえ。ヲタスレなのに低すぎる。
色彩鮮やかな傘、線路、雪、渦巻く海は素晴しい。浅丘さんも美しい。
蔵原組の、というより蔵原独自の抽象性がよくないのかねえ。
ハンドは少ないし、フィックス主体の正統的演出で、
決めのハンドごと「のめり込み」描写では、ハンドを使ってますがね。
情念が映画全般に緊迫感を与えています。蔵原独特の手抜きの瑕疵もない。
これぞ、日本映画のスタイリッシュというか、類例はあまりない。
「お竜参上」の雪の中の蜜柑とか、清順の赤い空に匹敵、凌駕すると思う。
前に誰かが書いたけど、ディレカンと思うが、テレビ放映のでは、
ラストの海原と祭りの場面が異様に長い。ドキュメンタリーですた。
皆、観ているのだろうか。評価は、それぞれでしょうが。
- 140 :名無しのAA書きさん:04/09/10 01:28
- >>139
あの作品は、神代助監督を救済する側面があった。松竹から同期で、
引っ張った神代が、才があるのに、浮かばれなかった。
蔵原組からも評判が悪かったの。かなりな部分は神代が撮った。
でもね、結局は、殆どが蔵原により切られた。
田山力哉はラスト近くのハンドごとグルグルは神代だという。これは誤り。
あんなダイナミズムの感覚は蔵原でしょう。映芸参照乞う。
蔵原は、神代が一番好きで、多分、あのダイナミズムがないと、
当時の日活では生き残れなかったと思った。神代の別な才能は、
充分蔵原は知っていた。一番しっていたかもしれない。
それは、あの友情からでも、うかがい知れる。ただ、神代の健康だけを、
心配していたのさ。神代逝去の挿話を知るものとして、記した。
- 141 :名無しのAA書きさん:04/09/10 01:31
- 今日はお元気なようで。ガンガレ。
- 142 :名無しのAA書きさん:04/09/11 21:59
- そういえば、クマさんもパキさんも、クラさんのことは悪く言わなかったよん。
お人柄かしら。でも、蔵原映像を継承したのは藤田(センスはかなり落ちる)で、
神代は独自で泥臭い(これは褒め言葉)映像を綴った。独自の映像美だった。
神代も藤田も、蔵原からの影響は大なれど、
あのシャープな映像感覚には、到底及ばない。ドラマツルギーなら、別だ。
蔵原の画面構成は、かなりバタ臭い。でも、若鮎のような切れがあり、
他方、ドラマツルギーの構成力では、やはり、舛田鬼が上としかいえない。
つまり、感覚先行で抽象論の蔵原は、ある意味で、
リアリティを致命的に欠いていた。それが、現代の低評価とリンクするようだ。
でも、蔵原のスタンスである、抽象論と映像のダイナミズムへの信仰
は、映画への信念であり、今平みたいなことをするなら、話し言葉の舞台劇
でよいと思っていた節もある。ただ、>>137さんが主張する浅丘さんの、
着がえのプロセスは、うん、リアリズムの意図ではなく、カットを割って
処理しなかったのは、意味があるのでしょう。正直その場面は、個人的に
とても好きなのです。
変態のつもりではないから、エロスの本質に近似していた
というより、論理整理ができまへん。私自身もかなり混乱しているが・・・
- 143 :名無しのAA書きさん:04/09/12 00:16
- >>142サン
蔵原監督が情念の作家であることは認めます。
お言葉を返すようですが、このスレでも予てより論じられているように、
シネマベリテつーか、ドキュメンタリーな作風として解しています。
譲って、ご指摘のドラマ性が弱く、抽象度が高いというのは、
蔵原=山田信夫に共通するものとして理解するにせよ、
リアリティーの欠如というのは、説得力に欠けるのでは・・・と。
- 144 :名無しのAA書きさん:04/09/28 02:13
- 情念なら、増村でしょう。渥美マリのくらげシリーズ、
「夫が見た」だっけ、あれは凄かった。
緑魔子の乱歩の奴、W.ワイラーの「コレクター」を徹底的な
監禁モノにしたのや、痴人の愛の腋毛ソリ、
極め付きはスプリンターの安田道代を指導者の緒方拳が女にしてしまう奴。
「女体」はルリ子つーより、増村演出に問題ありだ。
人はバカにするけど、三浦綾子原作「積木の」は、俺はすきだなあ。
- 145 :144のお詫び:04/09/28 02:18
- スマヌ、まえに書いたままだったので、ageてしもうた。許して。
- 146 :名無しのAA書きさん:05/07/06 22:40
- うん、前に立派なスレだったのだね、
私は「女体」ハペケだけど、「積み木の」凄みには圧倒された。
少年が不憫で、不覚にも・・・
- 147 :名無しのAA書きさん:05/07/14 00:39
- age
- 148 :名無しのAA書きさん:06/03/21 19:16
- お前、転居したのか。賀状は戻ってきた
お前は栄転(?)転職して、頑張っているのはサイドワークの連載で
ちゃんと読んでるぞ。あんまりバカスレで才能のロスをするな
才能の浪費だ。学問とお遊びの連載で十分だろ?もう2CHは止めて、
学問だけしなよ。バカが伝染している。サイモンをしっかりとやってくれ
師匠も心配しているぞ。俺んちへ、手紙をくれ。
111KB
新着レスの表示
掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50